CASE :5 ジル・バレンタインの場合

TOP-B.A.S-序章:それぞれの朝

「ブラックジャック。私の勝ちね、兵隊さん」
胸元と背中が大きく開き、左側に深いスリットの入った漆黒のドレスに身を包んだスレンダーな女性が、テーブルを挟んで座っている若い男に手札を見せた。
「な、・・・ここに来てブラックジャックだと!くそ!こんな女なんかに負けるとは・・・」
「こんな女とは失礼ね、まぁあなたの分もがんばるわ。どこかのカジノであったらそのときはよろしくね」
「ラシェル・ヴァンシアさんの勝利です。準決勝へお進み下さい」
アナウンスが流れると、彼女は席を立った。
( ふぅ。危なかったわね・・・でもあと2回で優勝よ!今回は行けそうね )
テーブルで呆然としている男を残し、颯爽と歩き去る彼女の表情は自信に満ち溢れていた。
そんな彼女を誘う男達を適当にあしらってバーのカウンターに着くと、バーテンにドライマティーニを頼んでここまでの経緯を思い返してみた。
( ほんとにここまで来るまでが大変だったわ・・・。でもよかった。あんなことまでしたんですもの。今回は絶対に優勝して見せるわ。それにしても間に合ってよかったわ )


+++ 同日早朝 +++

( あと230ドル・・・あとすこしなのに・・・でも時間が・・・ )
ジルは焦っていた。どうしても今日の午後2時までに5万ドル必要なのだが、かき集めたお金は4万9770ドル50セントしかない。これでも個人レベルではかなり集められたほうだと思う。
しかし、あと230ドルだけどうしても手に入らなかった。
借金は駄目だ、偽造の身分証ではバレた時にややこしい事になる。
本名でならあっさりと借りられるだろうが、そんな事をすればアンブレラに私はここです。と言っているようなものだ。頭が悪すぎる。
誰か知り合いが近くにいればいいのだが、生憎一番近いクリスの家でもここから8時間はかかる。
しかも今の居場所は誰にも言っていない。
( こうなったらスロットでも探そうかしら・・・でも・・・ )
何とかお金を増やそうと模索しているジルの足元に一枚の紙が落ちていた。
( 何かしら?・・・・・・・・・これは・・・仕方ないわ、今は確実に現金が必要なんだもの。こんなことでもやらないよりはましよ )
彼女は、その紙をポケットにしまうと早足にその場を去った。
その紙には「即日支払いOK!あなたに合ったアルバイト紹介します。ご希望の方はxxx-xxxxまでお電話を!( 直接来ていただいても結構です )」と書いてあった。
そう、それはアルバイト斡旋のチラシだった・・・。
まさに藁にもすがる思いだった。


「だからぁ!どうしても2時までにお金がいるの!もう!何度言ったら解るのよ!?」
斡旋所に着いたジルは係員と揉めていた。
いくらチラシに即日払いと書いてあったとはいえ、やはり現実はそう甘くは無い。
この不況の中、たった数時間で230ドルも稼げる仕事などあるはずも無く、係員も困り果てていた。
「ですからね、そんな都合のいい話あるわけが無いじゃないですか・・・。時給100ドル以上の仕事なんてあれば私が行きたいくらいですよ。」
「そんなこと判ってるって言ってるでしょう!そこを何とかするのがあなたの仕事でしょ?」
「違います」
即答した係員に次の文句を言おうとしたジルにほとんどキレかけている係員は、ついに言ってはいけない人に言ってはいけないことを言ってしまった。
「そんなにお金が欲しけりゃスラムで花でも売ったらいいじゃないですか。。。それだけ綺麗なんだからいくらでも稼げますよ」
そう。警察官に売春の仕事を斡旋しようとしたのだ。
しかしプライドが高く、一旦キレると手が付けられないジルに対してこの発言は大きな失敗だ。
「チッ!よくも私にそんな事を言ったわね?あなた、名前は・・・そうギムレットね。覚えておきなさいよ・・・」
そう捨て台詞を吐くとジルは早々に斡旋所を後にした。
後日、このギムレットという男が、なぜか一度もやったことの無い麻薬をキメて大学の女子更衣室の中で下着に埋もれて発見され、言うまでも無く逮捕されたのはまた別のお話。。。
仕事を断られたジルは焦っていた。このままでは本当にお金を調達できない。
と、以前ある場所で知り合った老人のことを思いだした。
「そうだわ。あのおじいさんならお金は腐るほど持っているから何とかして仕事でももらえれば。。。」
早速電話でアポをとると。丁度いい具合に近くの公園に来ているらしい。
詳しい場所を聞きその公園に向かうと、程なくその老人を見つける。と同時になにやら奇声が聞こえてくる。

ふんっ!!
どうりゃぁ!!
ぬぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
近づくほどにその奇声は大きくなり、その発信源も特定できた。
( やっぱりこのおじいちゃん頭がおかしいのかしら?まだ寒いって言うのにあの格好。。。確か日本のふんどしって言ったかしら?あれで70才超えてるって言うんだから異常よ。こうやって見てるととても財閥の会長には見えないわね・・・ただの露出狂の元気すぎるジジイにしか見えないわ・・・でも今はこのおじいさんに頼るしか・・・ )
いぇやぃ!!
公園全体に響き渡りそうな叫び声(?)を前にしてジルは声をかけるタイミングを図っていた。
パッと見ただの変態にしか見えないが、何か言い知れぬ雰囲気を漂わせているのも事実だった。
むぅん!!!
「!?」
( いま稲妻が?? )
ジルには、老人が一際体勢を低くして左腕を体ごと天に押し上げた瞬間。老人の体が稲妻に包まれたように見えたのだ。
( き、気のせいよね。。。 あ、終わったみたい )
老人が一息ついたのを見て、先ほどのことは頭の隅に追いやり話しかけた。
「お久しぶりです、会長。相変わらずお元気そうでなによりですわ」
む?誰じゃ?
滴る汗を黒服の男に拭かせてふんどしの上から直接素肌にガウンを羽織ると、ジルのほうに振り返った。
おぉ、あんたか。こちらに向かっているということは聞いている。どうしたんじゃ?急にわしに逢いたくなった訳でもあるまい。面倒な挨拶などはよいわ。手短に話せ
日本人のはずだが、英語の発音はネイティブのそれと変わりはしない。これなら英語圏ではまったく会話には困らないだろう。しかし老人に漂う威圧感のため誰も寄り付かないかもしれないが・・・。
「実は私お金に困ってまして」
ふん!金の無心か。あんたのことじゃ。タダで金を貰うのは嫌じゃと言うんじゃろう。面倒なことじゃ。わしはあんたにならいくらでも都合してやれるというのに。・・・で、幾らいるんじゃ
( まったく話が速くて助かるわ )
ジルはプライドが高く、たとえどんなに困っていても決してそれをまげてまで何とかしたいとは思わない。そのおかげで何度も苦しい目に遭っては来たが、それはそれでいいと思っている。
「230ドルです」
230?その程度ならわざわざわしの処に・・・いや。何も聞くまい。そうじゃのう・・・まぁ1・2時間わしに付き合ってもらおうかのぅ・・・安心せい。決して怪我はさせんよ
老人は不敵な笑みを浮かべジルに歩み寄った。
あ、あの私そういうことで稼ごうとは思っていません!体を売って稼ぐならとっくにやっています!
ジルは焦って後ずさった。冗談ではない。こんな老人と身体を重ねるなんて考えただけでも身の毛がよだつ。
・・・くわぁはっはっはっはっ!なにか勘違いをしているようじゃのぅ。何もわしと寝ろと言っておるのではないわ。ちょっとわしのペットのトレーニングに付き合えといっておるのじゃ。まぁあんたにその気があれば心身ともにわしの虜にしてやっても良いがの
老人は大きく体を揺すりながら笑い飛ばすと、どうする?と言う目でジルをみる。
「え・・・そ、そうですかペットですか。すみません勘違いですね、私はてっきり・・・」
老人はにやにやしながら背を向けると一言
さあやってくれるんじゃろう?こっちじゃ
それだけ言うと公園の奥へと進んでいった。
( このジジイ。わざとね!覚えておきなさいよ・・・ )
ジルは半分キレながら老人の後についていった。


一際広い場所に着くと、老人は黒服の男に何かを告げ、ジルの方に振り返った。
あんたにしてもらいたいのはわしのペットの『クマ』の相手じゃ。一応プロテクターは着けておいてくれ。ほれ、服の上からでも付けられるモノじゃ
そういうとジルにごつい全身プロテクトターを渡した。しかしそれはプロテクターと呼ぶにはあまりにごつ過ぎる気がする。
( ・・・!?今クマって言わなかった?まさかほんとに熊が出てくるわけ無いわよね・・・ )
ジルは多少不安を覚えつつプロテクターと呼ばれたものを身に着け、全身を見渡した。
( それにしてもだっさいわねぇ。もうちょっと何とかならないわけ?センス無いわ・・・ )
そんな感想を思っていると、老人が話しかけた。
あんたにはとにかく逃げ回ってもらいたい。それとこれを渡しておく
そういって老人が取り出したのはハンドグレネードだった。弾はゴムスタンのようだが・・・
もし危なくなったらそれでクマの眉間を狙うんじゃ。そうすれば一瞬程度は怯むはずじゃ。その間にまた逃げてくれ。頼んだぞ
それだけ告げると老人は何処かへ行ってしまった。

「はぁ!?」

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