CASE :5 ジル・バレンタインの場合 ( 中編 )

TOP-B.A.S-序章:それぞれの朝

( あのじいさんとんでもないこと押し付けてくれたわ・・・熊ね。ホントに熊なのかしら?で、私にどうしろと? )
一人公園の真ん中に取り残されたジルは久しぶりに緊張感に覆われていた。
ラクーンシティー以来だ。
先ほどの話からすると本当に熊が出てくるのかは判らないが、あの老人はどこまでが本気なのか判らない。しかも何を考えているのかも解らない。
実際に熊が来るとすればいったいどれほどの大きさなのか?果たしてこんなハンドグレネード(弾はゴムスタン)一丁で太刀打ち出来る物なのか?そこには疑問しか残らない。
生き延びられるかどうか。そんなことを考えながら警戒していると、視界の隅に大きな茶色いモノが引っかかる。
いったいいつからそこにいたのかは判らない。しかし、確かにそれは熊だった。
全長は1.8〜1.9m位だろうか。体重は間違いなく200キロを超えているだろう。こんなものをペットとして扱っているだけでもあの老人がまともではないことが窺える。
「な、!?なんで・・・!」
ジルは驚愕する。身の危険には人一倍敏感なはずの彼女に全く気付かれずにその視界に入ってくるとは・・・やはり野生の獣はゾンビなどとは違うということなのか。
しかしそれ以上にジルを驚かせたことがある。それは・・・
「何で赤いベスト着て赤ちゃん座りしてるわけ!?そんな熊サーカスくらいにしか・・・あ、でもあのおじいさんはペットって・・・じゃあなんでグレネードが・・・?」
あの老人はこのパッと見プリティな熊相手に何をしろというのだろう?自分がどうすべきかを思い巡らせていると、唐突に熊が両腕を振り上げた!
そして一吼えすると巨体を丸め、でんぐり返しながらジルのほうへと猛スピードで突っ込んできたのだ!
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ジルは叫びながら横っ飛びに茶色の弾丸をかわすと、すぐさま熊の方を向き次の行動に備えた。
熊は2足で立ち、腰を落としてショートダッシュ。一息でジルとの間合いを詰める。
その速度にまたも驚かされたジルは、熊の迫力に負けそうになりながらも素早い左ジャブを何とかかわしつつその腕をかいくぐり熊の背後に回った。
「何なのよ!このスピードは!熊がこんなにすばやいなんて知らないわよ!それより何で2本足で立ってるの!?立ち上がれても普通はダッシュなんてしないわ!絶対おかしいこの熊ぁ!!」
力いっぱい毒づきながら、熊の背中めがけて蹴りを放った。が、熊はそれを振り向きざまのしゃがみパンチでかわすと、起き上がり途中に長い腕でアッパー気味に腕を振り上げる。
見事な立ち回りだ。
しかしジルも負けてはいない。先ほどの蹴りがかわされるや否や、次の攻撃に対処すべく、すかさずバックダッシュ。大ぶりのアッパーをかわすとグレネードの銃口を熊の眉間にポイント・発射。
熊は高速の横移動でそれをかわす。
お返しとばかりにステップイン後、右腕で突き・振り下ろし・振り上げの三連発。もちろんそれも当たらない。いや、生身の人間であるジルは一度でも食らってしまうともうおしまいだろう。破壊力は文句なしでタイラント級・・・いやそれ以上かもしれない。
タイラントやネメシスはいくら化け物とはいえベースは人間。アンブレラがどこまで正確なデータを採っているかは判らないが、熊の破壊力は一撃で馬の首でさえへし折れる。筋肉が少なく骨も細い人間が頭を張られれば、頭は胴体とお別れするかもしれない。
しかもこの熊は確実に何かの訓練を受けているはずだ。あまりに頭が良すぎる。繰り出す攻撃はもはや技と呼んでもおかしくは無いレベルだ。叩き込まれた戦いに対する闘争心プラス獣の本能。加えて訓練済みで反応速度・攻撃力は普通の熊のそれをはるかに上回る。
なおも死闘は続いている。
熊が両腕を大きく振り上げ一気に叩きつけ、返す刀で振り上げる。少し下がってそれをかわすと同時にショット。しかし熊は熊本来の姿勢に移行して難なくかわす。伏せのような格好だ。
その姿勢のまま前進し、ジルの顔めがけて噛み付いた。が、そんなモーションの大きい攻撃は当然かわす。
先ほどから全く両者の攻撃はヒットしていない。熊は野生の本能ということで納得したとして、問題のジルは人間だ。いくら当たってはいけないという危機感を抱いているとはいえ、恐るべき集中力と反応速度である。もはやそれは人の領域を超えているかもしれない。
しかし、ついにその均衡は破られた。
ここぞとばかりに両腕を振り回しながら近づいてきた熊を器用に捌くと、よろけているその眉間に銃口を押し当てゼロ距離からの発射。
さすがの熊もこれはかわせず後ろに吹き飛んだ!が、熊とは思えぬ動きで受身を取ると、前屈みになり右腕を大きく振りかぶる。
( さっきからこの熊私の上半身ばかり狙ってきている。やっぱり獣は獣ってわけね。動きには目を見張るものがあるけどこの勝負、イケるわ )
熊の単調な攻撃を見切って、半ば勝利を確信したジルは前屈みに大きく踏み込んで、もう一度グレネードを熊に向けた。
瞬間。ジルの視界がブレる。その後世界が何度か回り、大きな衝撃と共に近くにあった木に叩きつけられた!
自分の身に何が起こったのか理解できぬままとりあえず立ち上がると熊を探す。
呼吸が出来ない。
「げほっ!げほっ!っく・・・」
下段に攻撃されたらしく、左足に感覚が無い。あまりの衝撃に感覚が麻痺している。
どうやら熊は意識的に攻撃を上半身へ集めていたようだ。そして下段は無いと思わせておいて見事なタイミングで大打撃を加えた。
もはや熊とはかけ離れた生き物のようだ。
そんな熊をみると、一昔前のヤンキーよろしく、例の座り方で斜に構えると右腕でクイクイ挑発。かかって来いといわんばかりの仕草だ。
そしてそれだけでは飽き足らず、勝ち誇ったように両手を腰に当て、後ろ向きでスキップしながら近づいてくる。
何とか呼吸を取り戻し、その熊のなめきった態度をみたジルは、当然のごとくキレる。
オーケイ。ジルリミッター解除。
身に着けていたプロテクターを投げ捨てる。
この状態で先ほどのような攻撃を食らったらひとたまりも無いが、今のジルにはそんなことはどうでも良かった。
「このクサレ熊が!!たかが獣の分際で私を誰だと思ってるの!?」
そう叫ぶと、いまだ後ろ向きにスキップしている熊に対して高速ステップイン。
そのままの勢いでジャンプし、右足を振り上げる。
当然無防備な熊には直撃し、その巨体が空中に浮き上がる!
すかさずジルは浮いている熊に対して右後ろ回し蹴り・左前回し蹴り・右後ろ胴回し蹴りを連続で叩き込む。
さらに持ち上げられた熊に対して高速ショートステップ・軽く回転を加え、左肘に全体重を乗せ打ちつけた!
あまりの衝撃に熊はまたも後方へ浮きなおす!
そのまま浮いている熊に対して、グレネードを発射!リロード・発射!!リロード・発射!!!
猛攻撃を食らった熊は当然KO。
( ・・・出来た!! )
最近やったゲームのキャラクターがやっていた空中の敵相手に銃を乱射するシーンを思い出しながら落ちてくる熊に対してそれを再現したのだ。
そのキャラの銃はハンドガンであって決してグレネードではなかったが・・・彼女は本当に人間なのか?
「フン。私に勝てる奴なんていないのよ」
そう一言吐き捨てると、動かなくなった熊を置いてあの老人を探すことにした。


10分くらい歩き回っただろうか?なぜか芝生の真ん中に置いてあるヒノキ風呂の真ん中で真剣にポージングしている老人を発見した。
( 隊長!大変であります!こんな公園の真ん中でおっきな風呂を準備してさらに湯船につかりながら変なポーズキメまくってるであります!!ぜったいにイカレテるであります!!! )
ジルの頭の中に、何かのアニメでみた下級兵士隊の口調で、そんな感想が流れてきた。
「おぉあんたか。わしの熊をずいぶん可愛がってくれたようじゃな」
そんなジルの心の声には当然気付かず、ギロリと睨むと風呂から上がる。
今はふんどしを着けていない為(着けていたとしても変わらないだろうが)、ケツが丸出しだ。
( ま、まさか怒ってるの?お、お金は!? )
ジルは多少狼狽しながらふんどしを巻いている老人に近づいていった。
ふんどしを巻き終えた老人は悠々と振り返ると、手伝っていた黒服に目配せをした。
黒服はすぐにどこかへといってしまう。
まさかペットをのしただけで始末されることは無いとは思うが・・・。
「ごめんなさい、いきなり襲ってきたもので・・・でも私も必死だったんです」
ジルは警戒しながら老人にそう告げる。
( もしここにいる全員を相手にするとすれば・・・だめね、とても逃げられる感じじゃないわ・・・黒服達は何とかなるにしてもこのおじいちゃん・・・半端じゃないわね )
「ふん。まぁあんたが死ぬことは無いとは思っておったが・・・まさかクマをKOするとはな・・・まったく、あやつもまだまだじゃ。あとで鍛え直しじゃ」
やはり老人の機嫌はあまりよくないようだった。
これからどうすべきかを考えながら、警戒を強める。と、先ほどの黒服が黒いアタッシュケースを持って戻ってきた。
「あんたのあの動き・・・警察などにしておくのはもったいないわ。」
まるで間近で見ていたかのように切り出すと、老人はアタッシュケースを開けさる。
そして、そこに手を伸ばす。
( ハンドガン?この距離じゃかわすのはさすがに・・・ )
「確か230ドルじゃったな?」
「は?」
予定どおりお金がもらえるとは思わず、腰を落としていつでも反撃できるようにしていたジルは、あっけにとられ、間抜けな返事を返す。
「む?金の話じゃ。いらんのか?そのためにきたんじゃろう」
「え、いや、お金は欲しいですけど・・・?あの・・・キレてたんじゃ・・・?お金もらっちゃっていいんですか?」
ジルはしどろもどろになりつつ聞いてみた。
「何を言っておるんじゃ。あんたは仕事をしてしか金を受け取らん。決してな。そんな融通のきかんあんたにはとっておきの仕事だと思ったんじゃが。なにか不満があるのか?」
逆に今更なにを、という表情で老人は聞き返してくる。
「い、いえ。ありがとうございます。頂きます。」
なんとか表面上は冷静さを取り戻すと、はっきりと答えた。
「うむ。しかし、じゃ。」
老人は取り出した封筒を自分の目の高さで止めると、ジルを見据える。
「わしはあんたに逃げろ、といったんじゃ。が、あんたはわしのクマをKOした。これはわしにとっては予想外の出来事じゃ」
「はい。それは申し訳無く思っています」
( ちぃっ!このジジイ、値切るつもり!?う〜ん・・・あそこにジジイはいなかったけどバッチリモニターされてたみたいだから下手な言い訳は通用しそうに無いわね・・・もう1時なのよ!時間が無いわ。何とかしなくちゃ! )
ジルは冷静を装いつつ、どうすればこの場をうまく乗り切り、きちんと230ドル手に入れるかを考える。
「これで230ドルというのはどうかと思ってな」
( やっぱり来たわね。このジジイに泣き落としが通じるとは思わないけど・・・やるしかないか )
「でも、最初に230ドルとおっしゃったではないですか。確かに言われたこととは違いましたけど。クマの相手をしたことには変わりないわけですし」
ジルは泣き落としをはじめるべく、一応もっともらしいことを述べてうつむく。そしてこっそりとポケットから目薬を取り出した。
「うむ。それは判っておる。じゃがあんたは左足にダメージを負った。結構なダメージのはずじゃ。じゃから、少し上乗せしておこうと思ってな」
「はぁ?」
またも予想を覆され、先ほどにも増して間抜けな返事を返す。しかも目薬を落としてしまった。
「じゃからな、治療費にでも当ててくれというわけじゃ。ほれ、約束の金じゃ」
老人は呆けているジルの手に封筒を握らせると、
「少々あのクマめに仕置きを与えてやらねばならん。此処でさらばじゃ。それと・・・以前聞いた問いを今一度聞いておこう。わしの元で働かんか?金は欲しいだけ渡そう。どうじゃ?」
と、問う。
「へ?あ、いいえ。それは以前お断りしたはずです。しかも今はあのころとは事情が違います。私にはやらなくてはいけない事があるんです」
ギリギリ正気に戻り、その誘いを断る。
「ふん。アンブレラか。そんなに死に急ぐ必要はあるまい。ん?驚いているようじゃな。こういった世界で色々やっておれば嫌でも耳に入ってくるわ。あんたやあんたの仲間のこともな」
( な!?このじいさんやっぱり怪しすぎるわ。なんでアンブレラや私達の事を・・・いったい何者なの・・・ )
「我々の事を知っておられるなら話は早いですわ。何も言わず、このまま行かせて下さい。・・・ただ、一つだけ確認しておきたいことがあります。」
ジルは、この老人が新たな脅威となるのかをどうしても聞いておかなければならなかった。
しかし、切り出してはみたが、どうやって聞くのか・・・。
「なんじゃ?言ってみろ」
老人は先を促す。
ジルは覚悟を決めた。
「あなたは我々の敵ですか?味方ですか?」
ジルは慎重に、しかし大胆に当面の疑問をぶつけてみる。
危険な賭けだった。
緊張しながらも、ジルは興奮していた。このギリギリのやり取りがたまらなく好きだった。
「ふ、それを直にわしに聞くとはな、どうやらあの噂は本当のようじゃの。安心せい。今のうちは敵でも味方でも無い。今のうちは、な」
今は敵ではない。それで十分だった。
ジルにとって今はアンブレラの事より重大な事に取り組もうとしているため、この老人の事はこれでいい。
「それでは行くがいい。早くしないと受付が終わるぞ?」
「!?」
ジルの目的まで知っていたとは・・・。この老人が知りたいと思ったことなら個人レべルで調べられるのか?
「驚くことは無い。今日はあれの登録日。しかもあんたは大のギャンブル好きじゃ。あれはスポンサー無しで出場するにはちと辛かろう。こんな日にあんたが金を集めているとなると・・・な」
( まいったわね。最初から知ってたなんて・・・ )
意地悪げに眉を上げると豪快に笑いながらジルに背を向ける。
「また縁があればな」
そう頻繁にこの老人とは会いたくは無いが、会いたくない相手ほどよく会うのも世の中の不思議である。
意外にあっさりとした別れの挨拶だった。
「えぇ。また」
ジルも一言返すとすぐに思考を切り替える。
そう。数年に一度のブラックジャックの世界大会へ向けて・・・。

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