CASE :5 ジル・バレンタインの場合 ( 後編 )

TOP-B.A.S-序章:それぞれの朝

グラスの中の氷が小気味良い音を立てて落ちる。
( まったく、熊と戦わされるなんて誰が予測できるっていうの!?信じられないわ! )
カウンターに腰掛ける女性。それはジルだった。彼女はあの公園での出来事を思い出しながら憤慨した。
( ああ・・・イラついてきたわ・・・何とかおさめないと後の勝負に響きそうね。・・・どうしようかしら? )
自分の体に影が落ちるのを感じ、ふと顔を上げると、そこには若い男が立っていた。
彼女の背中を見てニヤニヤしている。
( 何よこの男?うっとうしいわね・・・ちょっとからかってやろうかしら? )
イライラをこの男に押し付けることにした彼女は、くるりと椅子を回すとそのままその男に微笑みかける。
女性でもクラッときそうな微笑だ。
男は案の定、喜んで隣に座ると唐突に話し掛けた。
「あんた今回が初出場だろ?なのに準決勝なんてついてるな。まぁそのツキもここまでだけどな」
そういうとバーテンにウォッカを頼む。
「あら、どうしてかしら?」
「第一にここは素人のお嬢さんが決勝の舞台に立てるような甘い賭場じゃぁないんだ。選ばれた人間しか頂点には立てない。そんなこともわからないのかい?お嬢さん」
かなり見下したいいように彼女の苛立ちはさらに募る。
「そして第二にあんたの次の相手は俺だ」
ここまで自惚れている人間に会ったのはアシュフォード以来だ。( 会ったとは言っても映像でだが )
あきれてキレそうになるが、そんなことは全く表に出さず、微笑みながら聞き返す。この辺がボウヤなレオンとは違うところだ。
「じゃああなたがその選ばれた人間だと?」
あくまで冷静に。
男は得意げに語りだす。
「あぁそうさ。俺には神が宿っているからな」
( 紙の間違いじゃないの?間違いなくバカね )
一瞬でからかう気も失せた彼女は、グラスに視線を落とす。
「まぁ聞けよ。俺のすごさを教えてやるから」
興味が自分からそれたことを感じたのか、そういうとポケットからダイスを取り出す。
「俺はコイツで好きな数字が出せる。強く思うんだ。そうすると自然にその数が出るって寸法さ」
男は手の中でダイスを転がしている。
どうやら彼女の反応を窺っているようだ。
( あぁもう!うっとうしいわね! )
最初に微笑みかけた事が大きな失敗だと今更に気付く。
「じゃぁやってみて」
「そうこなくちゃな。みてな、1を出してやる」
仕方なくこの男を追い払う術を考えつつ、話に乗ってやることにした。
男は自信たっぷりにダイスを握り、軽く腕を振る。
ダイスが転がり、赤い一つの目が天井のライトを見つめる。
「ほら、な」
ものすごく自慢したげな顔で彼女の方へ振り返る。今の彼には1の目が天使の微笑みに見えていたことだろう。
しかし彼女は
( はぁ?それで私に何をしろと?自分のダイスでそんなことしてもまったく信憑性がないわよ・・・あ!いいこと思いついちゃった♪ )
「へぇすごいわね」
彼女は少々冷ために返事をすると、バーテンの方へ顔を向け、声をかける。
「バーテンさん、ダイスは無いかしら?私もやってみたいわ」
彼女は何を思いついたのだろう?
バーテンは無言でダイスの入ったケースを彼女に手渡す。中にはダイスが3つ入っていた。
「はっは。キミには無理だよ。俺のような特別な人間じゃないとダイスは答えてくれないぜ」
男は軽く嘲笑して、相変わらず自分のダイスを手の中で転がしている。
「そお?簡単そうだけど・・・」
彼女はその3つのダイスを全て取り出すと、まとめてつまむ。
「な、何馬鹿なことをやってるんだ?まさか3つの合計を出すってのか!はっ!そんなことが出来たらまさしく神になれるぜ!お嬢ちゃんは頭が弱いらしい。子供でも解ることだ」
「ちょっと黙ってなさい。私がダイスってモノをあなたに教えてあげるから」
「え!?」
先ほどまでとは打って変わって口調が変わった彼女の顔は、いつもの緊張感に包まれた顔だった。
そんな彼女の豹変に、男も黙ってしまった。
そして彼女は集中して、一呼吸深く息を吸い込む。
「ゾロ目の1を出すわ」
まっすぐ前にダイスを振った。
軽快な音を立ててダイスが転がる。
そして3つのダイスはきっちりとそろった赤い目が先程とは違い、男には魔女の瞳のように見えた。
「次は1,3,5」
さらに彼女はダイスを振る。
また、言葉通りに目が留まる。
男は青ざめる。
「次は何がいいのかしら?そうね、6のゾロ目にするわ」
3つの小さな立方体はまるでそれ自体に意思があるかのように彼女の言葉どおりの目で止まる。
男は汗が止まらなくなっていた。
( な、なんなんだこの女!?本当に人間なのか!?そ、そうだ、こんなときは楽しい事を考えるんだ!・・・・・・

そう、あれは先週の木曜日のことだ。
俺は車を走らせ帰路についていた。
周りは鬱蒼とした木々に囲まれた田舎道を、いつも通りに進んでいたんだ。
そんな中突然すさまじい光に包まれ、気がつくとそこは私の家の駐車場だった。
一体何が起こったのか理解出来ず、取りあえず外に出てみると妻が泣きながら走ってきた。
妻の話によると、どうやら俺は3日程も(!!)家を空けていたらしい。
しかし俺にはまったく自覚は無い。
あれは間違いなく巷で噂になっている宇宙人の仕業に違いない。
あぁ神よ。私は何かを埋め込まれたに違いありません! )
間違いなく埋め込まれている。
そして彼女には何も告げず、フラフラと立ち去っていった。
「どっちが素人よ。こんな事練習すれば誰だって出来るのに。ね?バーテンさん」
彼女はバーテンにダイスを返しながら話しかける。
黙って見ていたバーテンは軽く微笑むと、
「まったくです。
あの男は宇宙人に誘拐されて体に何か埋め込まれたと思い込んでいるかなり変わった男です。
この大会は2度目ですが、前回は初戦敗退。
今回もくじ運だけで勝ち進んだだけです。
あなたの潜った修羅場とは質が違いますよ。先程のダイスの技術だけ見ても判ります。
1つか2つだけならまだしも、3つのダイスを同時に振って狙った目を出せる人は数えられるほどしか知りません」
意外と饒舌な男に多少驚きを感じつつ、席を立つ。
「ありがとう。まぁ出場は私も始めてだからくじ運がどうとかは判らないわ。
でも、彼がたいしたことなさそうな事だけはわかるわね、ご馳走様。いい気分転換になったわ」
「いえ、こちらこそ。素晴らしい技術の拝見、ありがとうございました」
バーを後にしてホールに近づくと、アナウンスが流れる。
『準決勝を始めます。参加者は会場にお戻り下さい。
なお、準決勝第2戦予定のラシェル・ヴァンシアさんは不戦勝となりますので、そのまま決勝戦用の特別控え室へお越し下さい』
( え?不戦勝?さっきの男どうしたのかしら・・・ )
彼女は不思議に思い、近くのディーラーに聞いてみた。
すると、簡単に答えてくれた。
気分が悪いといって何処かへ行ってしまったとの事だった。
まったくの儲けものだった。
( ラッキー♪これであと一回勝てば優勝ね )
彼女は足取り軽やかに控え室へと向かった。
しかし決勝で争う相手が、とんでもない相手だとはまだ知らなかった・・・

〜決勝〜
『それでは決勝戦を始めます。選手に登場していただきましょう!』
アナウンスとともにホールの明かりが一斉に落とされた。
『まずは今回初出場にしてその才気を見せ付けるセクシーな女性!プロフィールは一切不明!しかしそのミステリアスな瞳に今大会でその人気は急上昇中!早くもファンクラブが発足した模様です!では登場していただきましょう!ラシェル・ヴァンシアさんです』
ホール入り口にスポットライトが当てられる。
まるで格闘技の選手入場シーンだ。
それまでざわついていた会場が一斉に盛り上がる。
そんな中、ジルはかすかな笑みを浮かべテーブルへと進む。
( 絶対に勝ってやるわ。相手がどんな相手でもね )
そんな強い意志を持ってテーブルに着くと、相手を待つ。
『さぁ!やってまいりました!ブラックジャックをやらせたら負けた事が無いといわれる伝説の男!齢70過ぎても尚衰える事の無いその肉体と、鋭い眼光。もはやその風格は半端じゃぁありません。生涯B&Jで稼いだ額でビルが7つ建ったという逸話はあまりにも有名!』
70過ぎの男!?ま、まさかね・・・ )
ジルは嫌な予感がしてきた。しかし彼女のそんな予感は必ずといっていいほど当たるのだ。
『それでは登場していただきましょう!相変わらずバレバレなのですが、本人たっての希望で今回も偽名です!B&J界最強の老人!
<漢(おとこ)のふんどし>さんです!!』
まったくセンスの無い偽名で、しかもその格好が明らかにおかしい。
裸一貫にふんどしだけをつけ、さらにその上に上等なガウンを羽織っている。おまけにレイバンのサングラス付だ。 なぜか会場は静まり返った。明らかにおかしなその漢だが、まとっている雰囲気も只者ではない。時折その漢の周りに稲妻のようなものが見える気がする。 会場はたった一人の変態に支配されてしまったのだ。
( ・・・やっぱり・・・あのおじいちゃんギャンブルやるなんて一言も言わなかったじゃない!しかも服装(?)公園のときのままだし・・・ )
ジルは予想通りの人物が現れた事に対し、複雑な気持ちになっていた。
キレるべきなのか、へこむべきなのか・・・
『さぁ、役者がそろいましたので始めさせていただきます!ディーラーは本カジノ最高のディーラー!ブラッド・ヴィッカーズがお勤めします!』
「う〜ぁぁぁぁ〜・・・」
( ブラッド無視 )
ふんどし男はニヤリと笑うとジルに話しかけた。
「また会ったな。お嬢」
「えぇ、こんなに早く再会するとは思って無かったわ。しかも決勝とはね。言ってくれれば良かったのに」
『をを!なんと二人は知り合いのようです!この老人と美女、一体どんな関係なのでしょう?とても気になります!!この二人は一体どこで!何を!やっていたのでしょうかぁ!!』
「ぅぅああぁぁぁぁ・・・」
( やっぱりブラッドは無視 )
会場の雰囲気をまったく読めてない司会は、一人興奮していた。美女と老人に。
「貴様うるさいぞ?さっさと始めんか」
そんな頭の悪い司会にふんどし老人が睨みを利かせる。
さすがにヤバいと感じたのか、ディーラーに開始の合図を送る。
『し、失礼しました!それでは始めてください!』
ジルとふんどし老人はお互い200$ずつBETする。
「うぅぅぅあぁぁぉぉぉぉぉ・・・」
意味のわからない言葉を発してブラッドがカードを配る。
ディーラーのアップカード( 2枚のカードのうち表向きになっているカード )は4。
『ご周知の通り本大会の勝敗は、ディーラーとのチップのやり取りで、20分のうちによりチップを多く手に入れた方が勝ちです。
元手は一人10,000$になっております。その他のルールは基本的なB&Jと変わりませんもちろん掛け金も自由です』
本大会での基本ルールが説明される。
( さて、このおじいちゃん。どんな手で来るのかしら?やっぱり最初は様子見ね )
「うぁ?」
「うむ。もう一枚じゃ」
( !?この人こいつの言ってる事が解るの?・・・やっぱり只者じゃないわ。こいつ、ブラッドって言ったわね?私は彼を、ブラッドを助けられなかった・・・私はもっと強くならなきゃいけないのよ・・・ )
「ぅ?」
「うむ。これでよい」
やはりこの二人は意思疎通が成り立っているようだ。
ブラッドがジルを見る。
「うぁ?」
( くっ!やっぱりわかんないわ )
取りあえず手札をみて見る。
( 8・・・か )
ここは考えるまでも無くHIT( もう一枚カードを貰う )だ。
来たカードは10。相変わらず引きが強い。
ジルは身振りでもうカードがいらない事を伝える。
『さぁ決勝戦最初の勝利は誰が掴むのか!?』
ブラッドが手札を開ける。数字は4。
つまり合計は8だ。
もちろんHIT。ディーラーは17を超えるまでHITし続けなくてはいけないのだ。
カードの数字は6。合計12。まだ届かない。
HIT。
クイーンだ。当然バースト( 手札の合計が21を超える。この場合無条件で負けとなる )
老人の手は20だった。
しかも最初ですでに15だ。そこからHITするとはまともな神経ではない( バーストする確率が高い為、普通は12以上の場合HITはしない )。
( ・・・まだ判らないけど結構自分の運を信じて21を狙ってるみたいね、こういう相手はやりやすいわ )
B&Jは自分が10を引くのではなく、ディーラーに10を引かせバーストさせるゲームだ。と言う人もいるくらい保守的に勝てるゲームだ。時には強気なHITも必要だが、基本的に12を超えた場合はSTAND( 勝負 )する。
( 一気に行くわよ! )
まだ勝敗が見えない序盤にこそ一気に勝ってツキを掴む。ジルの常勝パターンだった。
「8,000$賭けるわ」
会場がどよめく。
一気にもち金のほとんどを2戦目につぎ込むとは思っていなかったのだろう。一人を除いて。
「わしも8,000じゃ」
老人は落ち着いて同額賭けてきた。
( さすがね。勝負勘は並じゃぁ無いわ。普通の人ならここは小額よね )
ジルの強さを知っている老人だからこそ、様子見などはせず追いかけてきたのだ。
経験と勘でわかっていた。ここで乗らなければ突き放されてしまうと。
「ぉぉぉおおうぅぅぅ」
ディーラーのアップカードはJ。ブラックジャックの可能性がある。
しかし老人とジルは微塵も動揺しない。ジルの手札はAとK。つまりブラックジャックだ。これで負けは無くなった。
老人もHITしない。ジルと同様手札がいいのだろう。
ブラッドはもう一枚のカードをめくる。数字は6。17には届かないためHIT。
結果4を引き20。ブラッドもなかなかだ。
( ふん。お嬢もやりおるわい。ついてゆくのがやっとじゃ。こちらからも揺らして行くか・・・ )
ジルはB&Jの為支払いは掛け金の1.5倍だ。手元には約20,000$。
老人もB&Jだ。まったくの互角に見えた。
しかし、3戦目にしてまたもや会場がどよめく。
今回の掛け金は老人16,000$、片やジルは20,000$。
さすがの司会も声が出ない。額が額だけに持ち金のほぼ全てを3回目で賭けてしまう者など今だかつて見た事が無い。
( わしの揺らしにまったく動じずさらに上乗せしてきおったか・・・さすが、というべきじゃの。この勝負、なかなか難しくなってきたわい )
しかし老人も普通では無い。こと勝負に賭けてはどんな人間よりも長けている。齢70過ぎは伊達ではないのだ。
結果は老人B&J。ジルは普通の21。
これで持ち金は老人が4000$上回った。
「むぅん!」 ここで老人がガウンを脱ぎ捨てた!
「お嬢。おぬしには本気で行こう。
このふんどしに賭けて!!( バカ? )
いよいよおかしさ爆裂ね。このテーブルにはジャックポットが無いから・・・一気に突き放す事は出来ないわ・・・ )
ふんどし一丁になった老人を一瞥し、今後の戦略を練っていると、アナウンスが流れる。
『さぁ、互いの持ち金に1000$以上の差がつきました!
ここで本大会ローカルルールを適用させていただきます!本来のB&Jに加え、「役」を増やさせていただきます!! 増える役は2つ。一つは持ち札が7枚以上になった場合のセブンカード!払い戻しは5倍です。
そして、もう一つは、三枚の7で21を作った場合にスリーセブンとさせて頂きます。払い戻しは10倍です。
また、B&JもSUIT( トランプのマークのこと。スペードが一番強い )がそろったAとJの場合は払い戻しが3倍になります。
そして、このローカルルール適用に伴い、6DECK( トランプを6セット )から1DECKに減らさせて頂きます!
さらにジョーカーを2枚加えます!
このジョーカーは1枚で20とさせていただきます!
つまりジョーカーを引いた場合はその場で負けとなってしまいます!!
しかし救済は存在します。
カードが配られた時点で2枚のジョーカーが手札にある場合のみ、B&Jとして3倍の払い戻しになります!!
これでこれら役の難しさがわかっていただけたでしょうか?それでは引き続きゲームをお楽しみ下さい!』
( ふーん。このローカルルール・・・結構難しいわね・・・ )
ジルはどうするか迷いつつ、老人の掛け金をうかがう。その老人も考えているようだった。
それを見てジルはまたもや暴挙に出た。
40,000$全てを賭けた。負けたときの事など何も考えていない。ジルはいつでも全力だ。
( むぅ!?これについて行くべきか・・・それとも自滅を待つべきか・・・ )
老人は珍しく迷っていた。
数多くの勝負をこなして来た老人だが、ここまで強気な賭け方をする者は数えるほどしかいない。
こういう賭け方をするのは2種類だけだ。ただの自惚れたバカか高度な戦略の上なのか。
前者なら放置しておけば勝手に自滅する。しかし後者なら・・・
ジルは間違いなく後者だろう。
「ワシも40,000じゃ」
会場が歓声を上げる。老人の漢らしさに感銘を受けたのか?
しかし老人の勢いはジルの底力に叩きのめされる。
老人の手は20。普通なら勝っている手だ。
しかしジルは・・・
「HITよ・・・もう一枚・・・HIT」
次々とHITしていく。
『おおっといきなりセブンカード狙いかぁ〜!?
バーストの危険性が極めて高いセブンカード!これをこの金額で狙う人がいるとはぁ!!
今6枚まで来ています!!さぁ、あと1枚!最後の1枚を引けるのか!!!』
( まさかのぉ、いきなり出せるはずは無いわ。大人しくそこでSTANDじゃ。それなら勝てるわ。お嬢もまだ青いのぅ )
老人は半ば勝利を確信した。
7枚ものカードを21以内に収めるにはなるべくAや2、3などを引き続けなければいけない。
しかし老人の手にAが一枚と2が2枚ある。もう一枚は5だ。
可能性は無いことも無いが、極めて低い。
まして今は1DECK。カードは4枚ずつしかないのだ。
しかもジョーカーを引く可能性も、カードを引くたびに上がっていく。
単純に考えると、普通の者なら狙うべき手ではない。
( 19・・・おじいちゃんの表情から見ると、おそらくは何枚か低い数を持ってるわね。
ここで引ければ流れは一気に私のもの。行けるわ。私ならね。・・・勝負よ! )
ジルは、最初にカードが配られた時から覚悟を決めていた。
最初の手はAが2枚。
普通ならここでSPLIT( 最初のカードがペアの場合のみ、その2枚のカードを分割してそれぞれの1枚のカードに対して新たにカードをもらい、独立した 2つのゲームとしてプレーを続行できる )する。
しかし、折角のローカルルール。
しかも一気に差をつけられるチャンスだ。
ジルの性格上、迷いなどまったくなく、ただ自分の勝利を信じて最後のコールをする。
「HIT」
会場の熱気が最高潮になる。
『おぉ!ついに言ってしまいました!はたしてセブンカードなのか?それともバーストなのか!?』
カードが配られ、ジルの手元に会場中が注目する。
「・・・来たわ。セブンカードよ」
一瞬の沈黙の中、ジルはあの魔性の笑みで老人を見つめる。
「なぬぅ!?・・・お、おぬし・・・」
『なんと!この厳しい状況でセブンカードを出しました!!
すごい!すごいとしか言いようがありません!
彼女には勝利の女神が!いえ、この場合男の神でしょうか?う〜んどっちだっていい!
兎に角幸運の神が付いているとしか思えません!』
会場にいるすべての人間は、ジルがバーストすると思っていた。
もちろんその確率の方が圧倒的に高いからだ。
しかしジルは最後まで自分の勝利を疑ってはいなかった。
それが彼女の信念。決して自分を裏切る事はしない。たとえどんなときにでも。
これで勝負はほぼ決まった。
二人の持ち金は、
老人: 84,000
ジル:200,000
となり、よほど大きな失敗をしない限り終了してしまうだろう。
「ぐぅ・・・効かんわぁ!!」
老人の叫びももはや強がりにしか聞こえない。
( こ、これほどの強運の持ち主とは・・・少々侮っておったわ。今回は流石にわしでも勝てん・・・か )
常に最強・最悪を纏って生き抜いてきた老人が、こんな弱気になった事は生まれて初めてかもしれない。
誰もが勝負は終わった、と思っていたが、ジルだけは違った。
「さぁ、次の勝負よ」
「あぁぁぅぅううぅぅぅ・・・」
ごく普通にジルがそういうと、ブラッドがそれに反応してカードをシャッフルする。
その虚ろな表情からはとても信じられない見事な手つきでカードをセットする。
( ほう。まだやるかお嬢。
もうおヌシの勝利は決まったようなものだ。
それに時間的にもあと1勝負が最後になるじゃろう。
ここでワシとの勝負付けをきっちりとしておくつもりか・・・うむ。
勝てるときには勝てるだけ勝っておく。ギャンブラーの鉄則じゃな。ますます気に入ったわい )
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁ!!!」
老人も気持ちを切り替えると、最後の勝負に向け気合の雄たけびを上げる。
瞬間。またも老人の体に稲妻が走る。
帯電体質か?
老人が掛け金を提示する。
「全額じゃ」
当然、老人は全額賭けるしかない。少々の小銭など残しても意味は無い。
そして高額な配当を狙わなければ勝利は、無い。
もしジルがまったく賭けなくとも、B&Jでは勝てない。
最低でもSUIT揃いのB&Jでなくては。
出来ればそれ以上の手が欲しい所だ。
「私も全額」
会場が、これまでに無いどよめきに包まれる。
老人は、いや、会場の人間全てが信じられない、という表情を浮かべる。
先程も述べたとおり、何も賭けず、勝負を降りたとしてもジルの勝利はほぼ確定している。
全額かける必要はまったく無い。
これは1流のギャンブラーでは絶対にしない事だ。
なぜなら、少し考えればわかることだが、リスクが多すぎる。
一体何を考えているのか?
それはジルにしか判らない、いや、解らない事だった。
今回彼女がこの大会に出場を決めたのは、彼女自信ギャンブラーとしてどの程度の運を持っていて、どの程度の力を持っているのかを確かめる為に出場を決めた。
だからこそ安易な勝利を求めず、自分自身への挑戦を望んだのだ。
誰にも理解は出来ないだろう。
ジルだからこそ。という事だ。
そしてカードが配られる。
しかしジルは手札を見ようともしない。
老人はいぶかしんだが、自分の手を見る。ここでジョーカーが2枚現れた。
ローカルルールでジョーカーは20扱い。しかし、最初から手札に2枚あれば、SUIT揃いのB&Jとして扱われる。
先程ジルに負けて、確実に運が落ちているというのに、この老人も只者では無いことを思い出させられる。
「STAND( 勝負 )じゃ」
老人はに残された道は、もはやジルが負けることしか残されていない。しかし老人の性格上、相手の負けを願うという行為自体が屈辱だ。きっぱりと負けを認めていた。
そしてジルもそれは解っていた。だから全力でそれに答える。
「HIT」
誰もがジルはおかしくなってしまったのか?と疑った。
ジルはカードが配られてから1度もカードに触れていない。
それなのにHITを宣言する。
一体何を考えているのだろう?
( そんなに驚く事かしら?
今日、私が出していない役はジョーカーB&Jとスリーセブン。
このままでも勝てるけど、私としては気分がすっきりしないじゃない。
それに今完全に流れが来ているこの場で、自分が出したい手を引き込めないような運しか無いならむしろここで負けてしまった方が私の為。
あとは信じるだけよ。絶対にこれは7。もちろん三枚とも7よね )
はたして自分の引きたいカードなり目なりを好きなときに引ける。そんな人間がこの世にいるのだろうか?
仮にそんな人間が存在したとしたら、それは間違いなく魅入られているのだろう。

神か・・・悪魔か・・・

そして、この夜起きたことがこの場にいた人から忘れ去られる事は、決してなかった。
しかしそれですら彼女の生涯のほんの序章にしか過ぎなかったのだ・・・

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